この記事を書いたのは?
Umicopy
出身地:岡山県ピアニスト。コンポーザー。母親の影響でクラシック音楽に親しみ、クラ シック聴きながら眠るのが幼少期の一番幸せな時間でした。でもピアノの練習は苦手でした。嫌 になって10年ほどピアノから離れていた時期を経て、再びピアノの前に戻ったのは、そこに私の アイデンティティを見つけたから。現在、色々な思いをピアノに乗せて表現しています。そんな仕事ができていることに感謝する毎日です。 そんな私が、ここでは音ではなく、文字で表現する挑戦をさせていただきます。 さっそくですが、音楽のいいところを書き綴るとしたら、単純に、それは魅力的な人が輝けるという事。性別も、年齢も、国籍も、人種も、何にも関係ない。ひたすらに、魅力的であるかどうか、だけなのです。何か醜い事が起こったとしても、最後に残りうるのは、人間として音楽家として美しく魅力的な人だけが残るようになっています。みんなが望む全世界平和は、今あなたがそこで聴いている音楽が既に実現させているという事実を、私の身の回りで起きたエピソードを交えながら皆様にお伝えできれば幸いです。
長崎、そしてISSOKUとの出会い
ふんわりと穏やかな雰囲気のショートヘアの彼女との出会いがこの記事を書くきっかけとなりました。このように膨らんで、不器用ながらになんとか折り返した私の人生に明確な使命があることに気づけたことをとても嬉しく思っています。
長崎を訪れたのはこの1年間で3回目。
彼女と出会ったその日は、音楽仲間が長崎で初ライブだと言うから、 細く長い付き合いの、ひと回り以上歳の離れた彼を応援するため、新しい新幹線 「かもめ」に乗って来てみました。全国、他の街でも活躍してる彼には申し訳ないけれど、「長崎だから」来たってところがありました。
そもそものきっかけは、2021年に長崎の五島に行ったこと。それ以来、わたしは長崎の虜になっているわけです!
五島の中通島に訪れた感想
なんてダイナミックな海。なんて豊かな自然。そしてとても静か。それもそのはず、わたしが行った時期は11月の中旬で、海は大荒れ、観光シーズンとは言いがたい時でしたから。
そして、なんといっても、素敵な教会たち。恐る恐る軋むドア開けて見ると、堂内はしんと静まり返っていました。幼いころ嗅いだ古い木造校舎と同じ匂い。朝日がバ ラ窓のステンドグラスを通して赤や青の光になって、空間を包んでいる。綺麗に整頓された聖書たち。蓋の閉まった古いオルガン。それらを優しく見守るマリア像とイエズス像。祭壇には静かに灯る赤い聖体ランプ。訪問者用のノートには確かに人が訪れた痕跡があるのに、堂内には私だけが存在している。この時わたしは、完璧な静寂を体験したのでした。
わたしの幼少期の夢は建築家か音楽家でした。なので、音楽だけではなく建築物にも興味がありました。
その興味から教会建築へ関心を寄せ、ある時鉄川与助という方がどんな風に教会をつくったか読んでみると、そこにわたしの心を揺さぶるストーリーが隠れていたのです。潜伏キリシタンと五島の人々の共存の歴史。なんだか硬い表現だけれど、多分そんな言葉では表現しきれない、もっとこう、想いが込められた緩やかな共存、同情や正義、そんなものではなかったはず。
鉄川与助翁は、五島の大工です。禁教が解けた後、五島のキリスト教信者と共に村々に教会を建てた人で、驚くことに彼はキリスト教信者ではなかったのです。
これに対して私は考えました。ヒトに貴賤はないのだと。
五島には、命と生きる本質を見失わなかった人々の神々しいストーリーが散りばめられている!
コラムを通して
今を生きる私たちのストーリーを探し、多くのことを学び、継承できると信じてコラムを書いていきます。
しかし、わたしは物書きではございません。音楽家のヘリをうろつきながら20年を費やした主婦ですので、文章が稚拙なところもあると思います。どうぞお許しいただけますように。
ISSOKUのみなさん、素敵な機会をありがとう。心からの尊敬と、感謝をお送りします。
このエッセイが必要な方に届き、明日を生きる勇気となりましたら、わたしはその何倍もの勇気をいただくことになるでしょう。全てのご縁に、感謝いたします。